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「どうしたい、君はその恰好をまだ見せたい気かい」
道中は別に変ったこともなく、根津の主従は箱根の湯本、塔の沢を通り過ぎて、山の中のある温泉宿に草鞋わらじをぬいだ。その宿の名はわかっているが、今も引きつづいて立派に営業を継続しているから、ここには秘しておく。
すさまじい怒気のやうなものが、房一のあらゆる部分に燃え立ち、彼のいかついむくれ上つた肩は二倍も大きくなつて見えた。それに圧倒されたものか、物音は止んで、房一が何かしきりと云つているのが聞えたが、間もなく二三人がごそごそ土手を降りて行つた。
「君に云つとくが、何んだぜ、小倉組の者なんかにかゝり合ひをつけちやいかんぜ」
ふたたび相手の鞄にちらりと目をやりながら、練吉は半ば信じない風に訊いた。
そのとき、女房に命じて、温泉を加熱する装置を施してもいいか、ときかせると、
「あら!」
後で馬がいないと云ふので騒ぎだつた。
徳次は口のあたりをもごもごさせた。
云ふなり又思ひ出したやうに玄関へ上つて行つた。
昔はめったになかったように聞いているが、温泉場に近年流行するのは心中沙汰である。とりわけて、東京近傍の温泉場は交通便利の関係から、ここに二人の死場所を択ぶのが多くなった。旅館の迷惑はいうに及ばず、警察もその取締りに苦心しているようであるが、容易にそれを予防し得ないらしい。
「あ、いゝ、いゝ。なんでもありやしない。今すぐ行かう」
病人は十七になる相沢の一人息子で、県庁のある市の中学寄宿生だつたが、軽い肋膜炎でかなり前から家でぶらぶらしているといふことは、昨夜来た使ひの者から聞いていた。